アワー・ミュージック

正しいヒマの過ごし方。楽しいお金の使い方。

倫理観と楽しみ

 実家で暮らすようになってから、両親がNetflixと契約しているのでそのおこぼれをよく頂戴している。はじめにアニメの『TIGER&BUNNY』を観て、とても面白かった。詩人の川口晴美がこのアニメを好きで、これを題材にした詩集を出して賞までもらったというのを聞いて、興味が出たのがきっかけだった。その後川口晴美がタイバニについて語りまくる座談会が収録されている同人誌『稀人舎通信』を買って読んだりもした。タイバニは普通に見ても面白いけれども、腐女子と呼ばれている方々から絶大な人気を誇っていたらしく、その座談会ではそのような視点での、pixivなどでの二次創作も視野に入れた楽しみ方が紹介されていて面白かった。たしかに24話の通称チャーハン睫毛事件は、普通に見ていても衝撃的なシーンだった。バニーちゃんかわいい。

 去年の暮れあたりから暇なときにVtuberの動画を見るようになって、最近はもっぱらにじさんじ所属のヴァーチャルライバー鈴鹿詩子さんの配信のアーカイブを寝る前に見ている。というよりラジオ感覚で流しっぱなしにしたまま寝ている。それではVtuberの意味がないんじゃないかとも思うけれど、やっぱりVtuberじゃなかったら知ることも聞くこともなかったと思う。Vtuberならではの表現方法とかそういうことにはあんまり興味がなくて、アバターによって、わかりやすく可愛い外見やキャラクター性が与えられることで、それまでは顧みられることのなかったその人の声や語りの内容にスポットが当たる、ぼくはVtuberというものに対してそういう認識を持っている。つまりは何か新しい文化というふうに捉えているわけではなくて、声や語りのためのパッケージだというふうに考えているのかもしれない。

 それはさておき鈴鹿詩子さんは自他共に認める古の腐女子で、腐女子という言葉自体は僕が中学生ぐらいの頃から既にあったと思うんだけど、オタクの女性版くらいに思っていて、あまり深く考えたことはなかった。斎藤環さんだったか、男はキャラクターの属性に萌えるが、女は関係性に萌えているというようなことを言っていて、もちろんこれはそんなきっぱりと境界線が引けるような話ではないし、近年のきららアニメなどの日常系の消費のされ方を見ているとますます曖昧になっていると思うけれど、腐女子というのはどうやら単なるオタクの女性ということではないらしい、何やら独特の視点やコンテンツの楽しみ方を持っているらしいということに気づいてからは興味が湧いて、ユリイカのその手の特集号やら、よしながふみさんの対談集なんかを読みふけっている。さっきちょっと名前を挙げた『稀人舎通信』にも「腐女子という生き方」という特集号があってそれも読んだ。世代差や個人差は大いにあるみたいだけれども、腐女子的なメンタリティというのはフェミニズム的な視点とも関わってくるところがあるみたいで興味深い。例えばムカつく上司に怒られた時なんかに脳内で勝手にその上司をカップリングしてほくそ笑む、みたいな話があって、これはよくあるムカつく上司なんて死んじまえとかって愚痴るのとはまったく違うストレスの発散法で、現状としては別に何も変わらないんだけど、その人の頭の中では瞬時に力関係が逆転していて、言うなれば誰も傷つくことなく上手にその場をやり過ごしていて、すごいと思った。この表向きには波風立てない、という部分が魅力的でもあるけれど、それゆえにフェミニズムとは重ならないのかなとも思う。それが悪いことでもないと思うけれど。

 よしながふみの対談集『あのひととここだけのおしゃべり』は、特に三浦しをんとの対談が面白いんだけど、フェミニズムや倫理的な話題は知った者が損をする、ということになりがちだけれども、そういうことを知った上で、胸に秘めたままで、いかに周囲と不必要の摩擦や軋轢を生まずに楽しく過ごすか、とうところにベクトルが向いていて、とても頼もしい人だと思った。

 最近はNetflixでよくドキュメンタリーの映像を見ていて、特に畜産による環境への悪影響を告発するキップ・アンデルセン監督の『Cowspiracy;サステイナビリティの秘密』がショッキングだった。ここ一年くらい食に関する本を幾つか読んでいたので、ぼんやりとは知っていたけれど、食肉や畜産によって引き起こされる大規模な環境汚染が、ここまで広く深いものだということは知らなかった。大気汚染や森林伐採、水不足などの環境面への被害も深刻だけど、食料自給率の観点から見ても、食肉はコストパフォーマンスが悪いというか、日本の風土というか国土の狭さはそもそも畜産向きではない。戦前までの日本人の食事というのは理にかなったものだったのだなと思うと同時に、戦後、肉や乳製品も食べましょうという政府の指示のもと、国民の栄養状態がかなり良くなって寿命が延びたことも事実なので、一言で食肉は悪と言い切ることもできない。畜産業に関わる人たちの雇用問題もあるし。かといって、こういう複雑な問題、途方も無く解決の糸口もつかめないような問題に対して、知らないふりを決め込むのもどうかと思う。

 先日僕は就職が決まって、福祉・介護業界に進むことになったんだけど、そうしようと決めたのがそもそも、年々需要が高まっていくだろうという予測に対して介護業界には人手が足りないからで、人手不足の原因の一つとしてイメージが悪いというのがあって、イメージだけじゃなくて実際にも長時間労働だとか薄給だとかフォローがちゃんとなされてない現場もいくらでもあるらしいんだけど、ともかく介護業界を志す若者というのは少なくて、そのような現状の中で、介護業界に入って、潰れずにへっちゃらでなんとか楽しく暮らしていくことができたら、それだけでちょっとした社会的意義があるんじゃないかと思ったから、その道に進むことにした。他にも幾つか理由はあるんだけど、今回のお話に関連するのはそれなのでそれだけ書きました。

 知らない方が良かったと思うことってたくさんあるけれど、知ってしまったから無邪気に楽しむことができなくなったと思うことはたくさんあるけれど、自分の倫理観にがんじがらめになってしまうこともあるけれど、それでも知らないよりは知っている方がマシだと信じたい。倫理と楽しみは相反しないということにしておきたい。なるべく楽しく、なるべく倫理的に、やっていけたらいいと思う。まだまだ模索しているところで、今のところ倫理にこだわると楽しくなくなっちゃうんだけど。頑張りたい。