アワー・ミュージック

正しいヒマの過ごし方。楽しいお金の使い方。

現代短歌の可能性

僕たちはいつだって、「いま・ここ・わたし」を生きるしかない。

そして時々、僕たちの「いま・ここ・わたし」は頼りない。今ここにあるすべてでは、どうやって生きていけばいいのかわからなくなる時がある。
そんなとき、たった一つでも、ささやかでも、ありふれたものでも、なにか実感があれば、と思う。頭でわかっているだけじゃなく、全身に染み渡るような、ハッキリとした実感があれば、明日を信じる強さが持てるのに、自分を、自分の身体、現在地、現在にしっかりと繋ぎ止めていられるのに、と思う。僕たちはいつもとりとめがなくて、自分自身がわからない。それで何度でも不安になる。さみしくなる。自分がいやになったりもする。
 
だけど的確な言葉を見つけたとき、人はよろこびや、かなしみ、さみしさ、怒りといった、自分の気持ちを実感する。なんだか、ちょっぴり救われたような気がして、心が軽くなる。目の前の世界がちがって見える。自分が本当に欲しいもの、やりたいことが見えてくる。
 
確かな言葉が欲しくて、大傑作と言われているような文学を読んでみても、なかなかわからなくて、入り込めなかったりする。現代に生まれ、現代に生きる僕たちが、最も実感を得やすい言葉、共感しやすい言葉は、現代の言葉なのだ。なるべく身近な文学。現代の、話し言葉で書かれているもの。それにいま最も近いのは、現代短歌であると思う。みんなあんまり知らないだけなのだ。短歌というと、なんだか長い伝統を感じさせて、古めかしい言葉が使われていてよくわからないもの、と思うかもしれないが、まったく違う。
短歌とはそもそも、誰でもできるものなのだ。上手い下手はあるものの、昔の人は、自分の気持ちを短歌に込めて、お手紙をやりとりしたりしていたのだ。今では、ツイッターに自分が作った短歌を載せる人もいる。短歌は原則的に31文字で、ツイッターの文字数制限が140文字なので、一度のツイートで短歌を書き付けてもまだ少しおつりが来る。SNSと現代短歌は、きっと相性がいい。SNSが今僕たちにとって身近であるように、現代短歌だってもっと身近になってもいい、と思う。
 
大掛かりな文学作品では、取りこぼしてしまうような、生活レベルの実感を、現代短歌は捕まえることができる。僕らの一生は、日常と非日常の連続でできていて、だから、生活の実感というのは、生きることの実感にだって繋がる。
 
現代短歌をたくさん集めて、目の前の世界をころころ変えて遊ぶのも楽しいし、大切な人と共有してほっこりするのもいいし、やり場のない自分の中の激しさをその中にそっと隠してやり過ごすのもいいだろう。ロマンチックな一首を見つけて、口説き文句に使ったっていいかもしれない。
ここまで読んで、少し現代短歌に興味を持ってくれた人のために、僕が好きなものをいくつか載せておこうと思う。
 
眼をとじて耳をふさいで金星がどれだかわかったら舌で指せ/穂村弘
朝の陽にまみれて見えなくなりそうなお前を足で起こす日曜/穂村弘
完全にだめだと思う生きている夜の海には朱肉の匂い/穂村弘
夢の中では、光ることと喋ることは同じこと。お会いしましょう。/穂村弘
金星を見ても両目は焼けなくて笑う二人はとても色白/雪舟えま
目がさめるだけでうれしい 人間がつくったもので空港が好き/雪舟えま
寝顔みているとふしぎに音がない。来たくて来た場所はいつも静か/雪舟えま
百枚の手紙を君に書きたくて書けずに終わりかけている夏/俵万智
へたなピアノがきこえてきたらもうぼくが夕焼けをあきらめたとおもえ/正岡豊
かぎりあるいのちのあさをたわみつつ海のひかりはかへる 海へと/永井陽子
君とわれ宇宙に浮きし塵のころ地球の誕生ながめていたり/野口恵子
背をあわせ皺をあわせて干しぶどうの袋の中のしんみつさになる/東直子
口ずさむ歌があなたと違っても同じ黒さの影を抱きたい/文月郁葉
肯定も否定もすべて受け入れて寄せては返す波でありたい/文月郁葉
このケーキ、ベルリンの壁入ってる?(うんスポンジにすこし)にし?(うん)/笹井宏之
Without youとはたぶん星たちが透けるくらいに青い空の名/植松大雄
 
この中のいくつかを気に入ったり、気になったりして、もっとたくさん読んでみたいけれど、なにから読んだらいいのかわからない。どうやって探したらいいのかもわからない。そんな人たちに、いいお知らせがある。先月、現代短歌の地図のような、すばらしい本が出た。山田航という人の、『桜前線開架宣言』だ。この本では、1970年以降のすてきな歌人をピックアップして、表現の特徴やら、その人が作った短歌が見開きページいっぱいに載っている。「歌集が欲しいんだけどどうすれば手に入るのかな?」なんていうコラムまであって、これ以上ないくらい最適な現代短歌の入門書だと思う。適当なページをパッと開いてなんとなく拾い読みするだけでも、気に入る言葉に出会えるはずだ。
桜前線開架宣言

桜前線開架宣言