アワー・ミュージック

正しいヒマの過ごし方。楽しいお金の使い方。

1%のラブレターの話

風の感触や虫の声が秋めいてきた今日この頃ですが、九月ってもっと暑くなかったっけ。このまま秋へとなだれ込んでしまうのでしょうか。
涼しくなってからというものの、過ごしやすい気候になったはずが、ずっと心にさざ波が立っているような感じがします。どうにも落ち着かなくて、夜も長くなってきて、ついつい夜更かしをしてしまいます。

僕は穂村弘が好きなんですが、なんだっけな、『もしもし、運命の人ですか』かな、女性にメールを送るとき、ついつい1%のラブレターになってしまうという話があって、具体的にはクエスチョンマークをつけない曖昧な疑問文を付け足してしまう、無意識のうちに会話の発展ないしは二人の関係性の発展を狙ってしまうというエピソードなんだけど、そういうのってなんかいいなと思うんです。

中学生か高校生の頃、文豪の書いた手紙を読むのに凝ってた時期があって、中原中也太宰治なんでもないような手紙とか、芥川龍之介のラブレターとか、文豪じゃないけどゴッホが弟に金の苦心を頼む手紙とか、そういうのをよく読んだ。江国滋の『手紙読本』という本が、そういう類の手紙を集めた本で、ずっと気になってるけど読まないまま何年も経ってる。
そういう手紙の中でもやっぱりラブレターがおもしろくて、誰かを好きで好きでたまらない時って世界が輝いて見えるとはよく言うけど、それだけじゃなくてラブレターってやっぱり相手の気をどうしても引きたいから、キラキラした世界からさらに選りすぐりの良いこと、素敵なこと、綺麗なことを集めてきて、なるべく格好の良い文章で書こうとするわけで、それでいて奇妙に真剣で、切実な言葉になるわけで、そうやって出来上がった文章は、陳腐ではあっても、ハタから見たり後から思い返すと恥ずかしくても、やっぱり素敵なものだと思います。

素敵なものって、一生懸命探したり、こじつけたり、自分で作ったり準備したりしないとなかなかないから、常に1%のラブレターの精神で暮らしていけたらなあと思います。穂村弘が好きなのはイチャイチャした感じの短歌ばっかり作るからだし、スピッツが好きなのはラブソングばっかり歌ってるからです。大島弓子の漫画も、常に全開の世界へのラブレターという感じで良い。

あんまり関係ないんですが、手紙とかひと昔前の少女漫画とかがやたら好きなのは、太宰治の「女生徒」からの遠い影響ではないかと思い当たりました。手紙からはその人の言葉の手癖とか日々の感じ方が透けて見えるし、ひと昔前の少女漫画ってイケメンが出てくる胸キュンストーリー!って言うより一人の少女の感情の機微を丁寧に描写するみたいなのが多いじゃないですか。太宰の女生徒もそうなんですけど、ある人(現実でもフィクションでも)に固有の感じ方、考え方というか、その人の独特なクセみたいな部分がすごく好きで、初めてそれを意識したのが「女生徒」を読んだ時だったのでした。なんていうか、その人のひとりきりの部分が透けて見えるとグッときます。二十歳を越えるとみんな小賢しくなって、そういうの隠すようになるのでなおさら。
そういう意味でのオススメ本は太宰治『女生徒』、尾崎翠全般、穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』、柴崎友香『ビリジアン』、『きょうのできごと』、というか柴崎友香全般などです。

あ、あと長嶋有の『夕子ちゃんの近道』と、「サイドカーに犬」も超良かった。

最近読んだのだと、植芝理一の漫画『謎の彼女X』の中の、彼女がベーコンを焼かずに食べるのを見てびっくりする、というエピソードが良かったです。僕は焼いて食べます。