二回目のデートで話すようなことをだらだらと喋りたい
現実的な関係性を離れて、ひとりひとりとしてとりとめのない話がしたいと思うときがある。それは個人的な話でも、そうでなくてもいい。深夜に二人で、ぽつりぽつりと話をしながら、長い長い散歩がしたい。そんなことを考えていたら、思い出したことがいくつかある。
一つは、クラブメトロのオールナイトイベントに、当時仲良くしてもらっていた女の人と出かけて、深夜三時くらいに抜け出して、シャッターの下りたいつもより格段に情報量の少ない商店街を、二人で言葉少なに歩いて帰ったこと。自販機って意外とうるさいんだなとか、普通の乗用車とトラックのエンジンの音って違うんだな、なんてことを思いながら、特に急ぐこともないからゆっくり歩いてた。その時の僕はもうすぐ二十歳で、その人はすっかり二十歳だった。だから二十歳になるってどんな感じですか、なにか変わりますかみたいなことを聞いて、その人は少し考えてから、ちょっとしっかりしなきゃって思うだけで何も変わらないかなって言った。そのあと僕は無事に二十歳の誕生日を迎えたわけだけど、ちょっとしっかりしなきゃなって思うだけで、特に何も変わらなかった。
二つ目は、僕が違う大学のサークルに遊びに行った時に知り合った女の子と梅田のミニシアター系の映画館に『ザ・トライブ』を観に行った時のこと。この映画のセリフは全編を通じて手話になっていて、字幕も音楽もない。かと言って24時間テレビ的なハートウォーミングな内容じゃなくて、登場人物は基本的に喧嘩かセックスをしている。むき出しの人間関係というか、単純化された上下関係とわかりあえなさが描かれていて、観客は台詞がない分研ぎ澄まされた視覚と聴覚でもってそれを観る。なかなかショッキングな映画体験だった。それで映画が終わった後すぐには上手に声が出なくて、二人とも身振り手振りで感想を伝え合った。映画館を出たあとの梅田の街がいつもよりうるさく思えたのをよく覚えてる。その子は全くお酒を飲まない人で、名前の由来と映画の趣味が素敵だったけど、当時の僕は飲みに行く以外の遊びに行く口実をあんまり知らなかったので疎遠になった。そういえばオススメされた映画もまだ観てないままだ。『夏の嵐』、『バッド・エデュケーション』、クローネンバーグの『クラッシュ』。
三つ目は、京阪沿線にある山に登った時のことで、山の麓には300円で荷物を預かってくれるらしいお店があって、麓の駅から山の頂上までを往復する1両編成の電車が出ていた。Suicaとかの電子マネーは使えなかったから小銭で切符を買った。山道をゆっくり走る電車とロープウェーの中間みたいな乗り物はかわいかった。そこまで向かう途中の駅で買った抹茶の団子を頂上で食べた。そこには百万ドルの夜景と書かれた看板が立っていたけど、まだ明るかったのでその真偽はわからなかった。頂上付近のひらけたあたりを一回りして、閉まったままで開く気配のない休憩所や、エジソンの記念碑を見た。天才とは99パーセントの努力と〜という例の名言が刻まれていて、なんでこんなところにエジソンが、と思ってそのあたりをよく散策したけどその山とエジソンの関連性は結局分からなかったからバカにして笑った。豊かな自然に囲まれながらちょっと不似合いな音楽とか映画とか、昔観て印象的だったテレビ番組の話などをした。下山する最終便が18時とかで、僕は自称百万ドルの夜景がいかほどのものか気になったからそれを見てから帰りは歩いて下山しようよと提案したら、夜の山をナメてはいかんと結構本気で怒られたので大人しく最終便に乗った。行きも帰りも他に乗客はいなかった。帰りにチラッと見えた夜景は20ドル分くらいの値打ちしか感じられなかった。駅に着いた頃にはもう荷物を預かってくれるお店は閉まっていた。降りたことのない駅だったのでしばらく近くをぶらぶらすることにして、子供の頃の話とか、テレビにまつわる家のルールとか、育った町とか、宇宙について考えると眠れなくなっていたこととか、最近共感した曲の歌詞とかについて話し合って楽しかった。
僕は付き合いが悪いので、誰かと話す機会は、大勢が集まる飲み会になることが一番多いんだけど、飲み会の場合は個人がどうこうというよりも「場」の空気が最優先されるから、あんまりゆっくり話すことには向いてない。僕は協調性がまったくないので、場の空気なんてどうでもいい、あなたの話を聞かせてくれと思うんだけど、大抵は思うだけで終わる。なんて言うか、二回目のデートで話すようなことをだらだらと喋りたい。そんな気持ち。自分で言っといてなんだけど、二回目のデートで話すようなことってすごくいいな。お互いのプロフィール的な情報はもう一通りわかってて、だけど知らないこともたくさんあって、いつもよりもちょっと個人的な、誰にでもするわけじゃない話をするあの感じ。個人的には二回目のデートは長い長い散歩のようなものがオススメです。なので履き慣れた靴、汚れてもいい服装で臨みましょう。もちろんおやつは300円までね。