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アワー・ミュージック

正しいヒマの過ごし方。楽しいお金の使い方。

ロックンロール原理主義とリフレインについて

決断が苦手だという自覚がある。その日に着る服を選ぶのも苦手だし、食べたいものを考えてからスーパーに買い物に行くのも億劫だ。だから着る服は大抵いつも同じだし、よく作る料理のレパートリーも五つもないくらいだ。買い物をする時の基準も明確で、欲しいものが1000円以内であった時は迷うポーズはしても間違いなく買う。3000円以上の時は判断を先送りにすると決めている。何かを選ぶことはつかれる。エネルギーが要る。僕がロックンロールが大好きなのは、その価値基準というか、行動原理が単純明快だからだ。とにかくロックな方を選ぶ、右か左か選べと言われたら真っ直ぐに上に飛び上がる。聖者になんかなれないけど、とにかく生きてる方が良い。オールユーニードイズラブ。そのような清々しいくらいにバカバカしくて、シンプルな価値基準に惹かれているんだと思う。音楽はたまに宗教との類似性を指摘されるし、特定のバンドのファンを揶揄して信者と呼んだり、ロックンロールはティーンエイジャーのための宗教だなんて言葉もあるけれど、何かのバンドに極端に惚れ込んでしまう時っていうのは、そのバンドが発信する価値観や行動原理、判断基準に対して憧れや共感を抱いたんだと思う。そういう面で宗教に似ている。実際に僕はキリスト教に対してすごくあこがれがある。どこに惹かれるかというと、厳密な戒律と、揺るがない価値観だ。極端な話、盲信してしまいさえすれば、あれこれの決断にいちいち頭を悩ます必要がない。ただ神の意志に従えばいいだけだ。だから神学者には惹かれない。明確な価値基準をドーンと示して堂々としている存在というのは、多くの人にとって魅力的だ。なぜなら、ハッキリとした生活の方向、目指すべき目標やヴィジョンがくっきりしているから、それに向かって突進すればいいだけだから。だけどそういうものにホイホイついていくのは危ないことで、それを突き詰めたのがナチスだし、金儲けのためのエセ宗教だったりする。原理主義者はきらわれている。僕はロックンロール育ちのバカだから、原理主義者は美しいと思ってしまう。僕の恋愛観はいつまでたってもセカイ系だし。つまんないくらい簡単な方へ行けってマイヘアは言うし、右か左か選ぶ時が訪れたら面倒な方へ進めBabyってドレスコーズは歌う。そういうシンプルな行動原理を持ちたいと思う。人から押し付けられるものは危険だから、自分なりの、自分にぴったりの行動原理が見つかるといい。今のところ、右か左か選べと言われたら、えー、あー。どうしよっかなぁ〜…って感じだ。あ、でももしも家出をするなら行き先は北って決めてる。なんとなく。

 

何かを選んだり、決断するのは相当つかれるから、大事じゃないところは、出来合いの判断基準に丸投げしちゃって省エネするって、アリだと思うんだよね。それができない人っていうのが、所謂生きづらい系なんじゃないかなって思う。俺は結局オールユーニードイズラブというか、もしも君が泣くならば僕も泣く!みたいなのが未だに一番しっくりくる。22歳なのに。

 

彼女の欲しいのは、同じ愛といっても 

自分の全身全霊を、魂のありったけを、

ぎゅっと引っつかんでくれるような愛、

自分に思想を、

生活の方向を与えてくれるような愛、

自分の老い衰えてゆく血潮を 

あたためてくれるような愛なのだ。     チェーホフ『可愛い女・犬を連れた奥さん』

 

 

ロックンロールってのは結局のところ、シンプルなフレーズのリフレイン(繰り返し)なんだよ。とっくに飽き飽きしてるとしても、ダサいフレーズでも、アホみたいに繰り返してればそれなりに説得力を持つし気持ち良くなったり踊りたくなったりするもんなんだよ。ブルースの頃から変わんないね。そういうものが、俺は好きだな。ホラー映画でも短歌でも、それはきっと同じ。俺は永劫回帰と予定説が好き。

 

見覚えのある絶望を二度目なら愛せるような気もしています/枡野浩一