アワー・ミュージック

正しいヒマの過ごし方。楽しいお金の使い方。

自己分析

働いていてつらいことの一つに、その仕事が前提としている価値観を無条件に肯定、正当化しなければならないということがある。個人差はあるかもしれないが、日々自分がしている仕事にそぐわない考えを抱いたまま仕事を続けることはできない。職業倫理の観点からしてもその状況は望ましくない。「仕事ってそんなもん」と割り切ることができる人もいるかもしれず、そのような意見は分別のある大人の意見と言うふうにまかり通りがちではあるが、これは問題に対して思考停止しているわけで、なんら問題を解決しているわけではなく、単に問題を飛び越してしまっているだけであり、問題意識を持っている人間に対しては何の価値も持たない言説である。

その仕事が前提としている価値観を無条件に鵜呑みにしなければ働き続けることはできない、ということはつまりその価値観を内面化していくことである。ある価値観を自分の中に固着させざるを得ないということはそれを疑ってみたり他の可能性を考えたりすることができなくなる、と言うよりもしてはならないと自分で感じるようになることである。この自分の自分に対する抑圧に徐々に耐えきれなくなってくる。

 

 

 

介護の仕事をしてたけど、その仕事の根底にある「人間が生きること(どんな形であれ延命すること)は無条件に素晴らしい」という価値観が肌に合わずに辞めちゃった。勿論それは医療とか福祉の業界では絶対になくてはならない大前提なんだけど。

 


人間が生きることは素晴らしい。歳をとっても死ぬまで人間は成長し続ける。という考えに共感できないということは、人間の条件なるものが存在し、それに当てはまらないものは人間扱いしないという差別感情が含まれているのではないかと不安になる。生命倫理の問題にもつながるけど、人間の自我なるものはいつ生まれて、いつなくなるのか、あるいは人権はいつからいつまで存在するのか。