アワー・ミュージック

正しいヒマの過ごし方。楽しいお金の使い方。

予感

 いま、僕の心は凪いでいる。この一年半、いろいろなことがあって、流れ流れてここにいる。その過程で、抱え込んでいたもろもろが、さらわれていったし、押し流されているうちに、自分の組成が変わったように思う。なんとなく静かで、身も蓋もないほど何もない。目を閉じても、どんな幻影も浮かばない。何もないことを恐れたり寂しく感じたりもしない。人事を尽くして天命を待つ、という気持ち。

 近頃はあまり忙しくなくていい。もっと忙しくすることもできるけれど、そうしたところでせせこましくなるだけで、自分に何の利益ももたらさない気がするので忙しくしない。やるべきことはあるので、それに集中するだけの日々です。そのような恵まれた環境に置かれているので、あれこれ思い詰めることがなくなった。喜びを手放しで喜べるようになった。悲しみを出来事として捉えるようになった。時々は退屈をしている。恋人や家族や友人たちのことを想ったりもする。

 

 この一年で、これからも生き続けるということに対して、徐々に覚悟ができてきた。去年はさまざまな綺麗事にたぶらかされて疲れることに終始していたけれど、ひとりでいろいろ考え込んだり、ほっつき歩いたり、肉体労働をしているうちに思い当たることがあって、気が楽になって、大きくなった。人間の自由意志、というと大げさすぎるけれど、そういうことについて考えることが多くて、論理的でないし万人に当てはまるわけではないけれど、個人的な実感からいうと、自分の人生を自分の手で切り開く、最適な人生を選び取る、という生き方、そういう未来の描き方について全くぴんとこなくて、物心をつく前から、短い髪が似合わなかった頃、速く走ることができなかった時から、自分にとっての人生ははじめからままならないもので、また大仰な言葉を使うと受難の連続だったように思う。それでいてずっと苦しかったわけではない。今ではそのことを愛せるような気持ちになっている。

 いつだって僕を苦しめるのは可能性の方だった。不可能性が僕に確かな輪郭を与えて、力づけてくれた。この先もっといろいろなものを失っていくのだろうけど、そのことがむしろ僕のこれからを支えてくれるだろうという予感がある。