アワー・ミュージック

正しいヒマの過ごし方。楽しいお金の使い方。

「不在の百合」とはなにか

今日、いつものようにTwitterに張り付いていたとき、「不在の百合」なる概念があることをこのツイートで知った。https://twitter.com/dw_nkmr/status/1349546827826098181?s=20 また、Twitterで検索してみると、「不在の百合」概念の例示として、うら寂れた…

映画『マグダラのマリア』(2018)の感想。

Netflixでも配信中の、ガース・デーヴィス監督、ルーニー・マーラ、ホアキン・フェニックス主演の映画『マグダラのマリア』(2018)の感想です。 マグダラのマリアについて、ルカによる福音書にはイエス様に7つの悪霊を追い出して頂き、自分の財産を投げ出し…

詩を書いてみました。 「無題」 偽史にまみれた少年時代。 歪められた記憶の、猫の目の、 眺めていた玉砂利、遺失物。 小さいかたちを選んで、蹲っていた。 剃刀の扱い方も知らず、常用漢字だけに囲まれて、名前の知らない花の前に座っている、ごうごうと鳴…

automatisme 2

オートマティスム。シュルレアリスムの技法の一つ。反省的思考の追いつかない速度で書くことによって実現される無意識の書き取り。論理や命題ではなく声を取り戻すための試み。 かわいいだけの帯状模様。眩いばかりの脚韻。黄色い埃の積もった部屋で、ミシュ…

automatisme

パリコミューンの残骸が母国を目指す。大袈裟な身振りの蕩尽、ローソン・コラボ。試供品の空袋。大陸を横断する季節風のマルクス。国民文庫の背表紙が電子レンジの熱に震えている。豪華客船が波立たせる海面、膨張する音楽、魚介類、貝類、乳化する鯨油。逆…

通夜とか葬式とかこなしてると気が紛れてくる。思い切り泣いてもよい場が設けられているのはありがたい。悲しみを分かち合うことはできずとも、悲しい時間を誰かと共に過ごすことができるのは慰めになる。 気を紛らわして、目を背けたり、誤魔化しているうち…

Twitterを見ていると、大阪市廃止の住民投票をめぐるツイートをしばしば目にする。恐ろしいことに、僕のタイムラインでは左寄りの情報しか流れてこないようになっているので、今回の大阪市廃止の件についても、その「隠されたデメリット」の情報が次々に飛び…

プラトンやアリストテレスの時代のプシュケーと、デカルト以降の心の概念とを区別するものは、心の概念は主観的・私秘的であるという点であろう。心身問題と他我問題、独我論はその意味で同根である。私にしか感じられない私の心の存在、言い換えれば、私が…

中公クラシックスから出ているデカルトの『省察』の、神の存在証明に関する、第三省察を読んでいて、わからないことがいくつかあり、書かなければ忘れてしまうので、書き留めておく。 「 実際、疑いを容れないことだが、私に実態を表示する観念は、ただ様態…

いのちの線引き

人間の自我なるものはいつ生まれて、いつなくなるのか、あるいは人権はいつからいつまで存在するのか。という問いを前回の日記の最後に書きつけた。しかしこのようなやり方で問うことがそもそも不適切であるかもしれない。実践倫理の領域において、これらの…

自己分析

働いていてつらいことの一つに、その仕事が前提としている価値観を無条件に肯定、正当化しなければならないということがある。個人差はあるかもしれないが、日々自分がしている仕事にそぐわない考えを抱いたまま仕事を続けることはできない。職業倫理の観点…

「そんなことで苦しめるあなたは恵まれている」

インターネットをやっていると時々、苦しみを吐き出す人に対して、「そんなことで苦しめるあなたは恵まれている」「そんなものは苦しみとは呼べない(私のほうが苦しい)」などといった意味の言及がなされるのを見かける。僕が最近ツイッターで見かけて気に…

『論理哲学論考』に関する覚書き

ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考(以下、『論考』と略記する)』を読んでいる。初めからじっと読んでいってもあまりしっくりこない。全体との関係においてそれぞれの命題が意味を持つものであるので、読み進めてみて初めて意味がわかるという箇所が多…

人間とは何であるか。ここ数年間ずっとこの漠然とした問いが頭にこびりついている。人間の定義がもしも可能だとして、一度それを定義してしまったら、それは人間の条件として地上の人間をふるいにかける。どのように定義してみたところで、そこからこぼれ落…

ウィトゲンシュタイン『青色本』を読もうとする・1

・なぜ青色本を読むか 近頃ウィトゲンシュタインを読んでいる。ウィトゲンシュタインは哲学者だが、彼の哲学は一風変わっている。哲学書というのは一般に、ドイツ観念論などに顕著だが、その思想的な背景や前後の歴史を踏まえていなければわからないことが多…

なぐり書き

シュルレアリスムはその運動のはじめから、徹頭徹尾共産主義主義的である。それは絶えざる階級闘争であり、シュルレアリストたちは、イメージの領域で価値の転覆、階級の解消を目論んだのである。一見何の変哲のないもの、取るに足らないとされる卑近なこと…

雨の日は本が読めない。

雨の日は本が読めない。いくら本を読もうと思っても目線がページの上を滑るばかりで、一向に意味がつかめない。文意が追えないというよりも、そもそも文字を読めていないように感じる。文字がこれまで親しみのない、何らの意味をも為さない模様のように見え…

カラヴァッジォ展に行きました。

ぐずついた天気で濁った頭を抱えながら耳を塞いで、1時間近く電車を乗り継いだ果てにガラス張りのエレベーターに乗り込んだ。14階でチケットを買った。カラヴァッジォの絵を見に来た。 1600年前後から活躍を始めたカラヴァッジォの特徴としては何よりもまず…

病気と診断されて仕事を休むことにした。すっかりお馴染みとなった疲労感や憂愁、虚無感や不安に囲まれながら、一種の落ち着きを持って暮らしている。皮算用とトランプ遊びとホラー映画で時間をやり過ごしている。元気な時には外に出かけてボードゲームをし…

わが草木とならん日にたれかは知らむ敗亡の歴史を墓に刻むべき。われは飢ゑたりとこしへに過失を人も許せかし。過失を父も許せかし。 萩原朔太郎「父の墓に詣でて」 私の生涯は過失であつた、と晩年の萩原朔太郎は書いている。また別の散文詩で「父と子共」…

鶏頭、鶏頭、俺はもう気が狂ひさうだ。という文章が北原白秋の歌集『桐の花』の中の散文「ふさぎの虫」に出てくる。これは白秋が人妻との姦通罪で拘置所にぶち込まれて世間的な評判も失墜してやぶれかぶれになっている頃に書かれた文章で、暑い夏の日に縁側…

Apple Musicは楽しい。最近は夏なのでディック・デイルとかキング・タビーとかを聴いているのとあとはマック・デマルコの『2』をヘビロテしている。マック・デマルコのギターのトーンに病みつきで、あのへろへろのチューニング、安いアンプから鳴っている感…

この世からいちばん小さくなる形選んで眠る猫とわたくし 蒼井杏『瀬戸際レモン』「多肉少女と雨」 1K六畳のワンルームマンションに住んでいる。場所をとらないで生きている、と思う。電車でも縮こまって座る。喫茶店に入っても隅っこの席を選んで座る。肩ら…

駅の近くに住んでいる。駅の中にはフードコートやら婦人服やら子供服を売っているお店なんかがある。小さい薬局やコンビニめいた店もある。その中に匂いを売っている店がある。僕は匂いを買ったことがない。部屋をいい匂いにするのか、体に塗るものなのか、…

あの店ならあるかも

引っ越してきてから家の周りをウロウロするくらいで、TSUTAYAや花屋や安いスーパーや本屋には詳しくなったが、この街のことがよくわかっていない。暮らしている中で、こういうものが欲しい、と思ってもどこに行ったら売っているのかよくわからないので困る。…

隣人が中性的な咳をした。それが聞こえたのは僕がベランダに出ていたからで、ベランダでタバコを吸っていたからだった。100均で買ったガラスの灰皿を使っていたが三日くらいで一杯になりいちいち吸殻を捨てるのが面倒になってきて、今はもっと沢山入る空のト…

コンビニで発泡酒を買うためだけに家を出て、自転車が多い割に狭い歩道を、引越したての頃は落ち着かなかったがもう大して危機感を抱くこともなく歩いた。予定通りコンビニで発泡酒だけを買った。こういうとき他の商品は一切見ない。コンビニの棚をじろじろ…

淀んでいる。くぐもっている。とうとう言い出せない何かがつっかえている。語りえぬものの前で、沈黙をすることもできずにいる。語りたいものがあるわけでもない。しゃべってしまえばお終いだ、という予感もある。少しだけ曇った眼で、「雨は降っているか」…

昨日同期と飲みに行った。普段同年代の若者と話すこと自体少ないので、楽しかった。一緒に働いているわけでもなく、それぞれ微妙に形態や業務内容が異なるところで働いているため、飲みに行っても仕事の延長という気がしなくてのびのびできた。10人弱で飲み…

昨日から珍しく土日が休みだったが、二日間休みがあることをすでに二連休と呼ぶようになっているくらいシフト制の勤務形態に頭が支配されてきている。シフト制で働いているとシフト制なりの時間感覚が身についてくる。三日行ったら一日休みがあるというのは…