アワー・ミュージック

正しいヒマの過ごし方。楽しいお金の使い方。

 大森静佳の『カミーユ』を買った。少しずつ読んで、あまりの良さにくらくらして、これは体調がいい時に、十全に味わいつくせる状態で余すところなく読みたいと思っていて、なかなか進まない。タイトルになっているカミーユという名前には、二人の女性の影がこびりついている。クロード・モネの妻、その死の床の姿を描かれた作品で美術史にも名を残しているカミーユ・モネと、ロダンの愛弟子であり、文筆家のポール・クローデルの姉であり、自身も彫刻家であったカミーユ・クローデル

 この歌集はあまり読み進めることができていないのに、その芳香に誘われるままにアンヌ・デルペの『カミーユ・クローデル』を買ってしまった。500ページ以上ある分厚い本で、読み切れるだろうか。僕は長い本を読みきったことがない。表紙のカミーユ・クローデルの憂いを帯びた眼差しに捉えられてつい買ってしまった。
 彫刻のことも、彫刻家のこともよく知らないけれど、彫刻家というものは、手や石や粘土で考えているのだろうか。世界の手触りを、どれだけ知っているのだろうか。彫刻というのは、それを手渡すということなのだろうか。よくわからない。冬になるとよく聴くブランキーの”二人の旅”という曲の一節、「お前が俺のすべてだと 手触りで言ってみせるよ」というフレーズを何となく思い出す。
 大森静佳の『カミーユ』もアンヌ・デルペの『カミーユ・クローデル』も印象的な装丁というか強烈な存在感を放っていて、手元にないときでもついその本のことを考えてしまう。そういう気分は自分の興味の範囲がこれまでと少しずれ出す兆候なのでこれからどうなっていくのか楽しみだ。
 
 この前旅行をして、泊まるはずだったホテルが火事になって鳥羽の旅館に振り替えになった。そのフロントに置いてあったチラシのうちの一つ、マコンデ美術館の木彫りの彫刻の造形がダイナミックにデフォルメされていて面白くて、見てみたいと思った。マコンデというのは高原の名前で、タンザニアにあるそうだ。そこでは食べ物も豊かで、飢餓もなく、農作業のない時期には彫刻を彫ったりして暮らしていたらしい。20世紀になって、自分たちが作る彫刻が西洋諸国等に良い値で売れるということで、マコンデでは彫刻がよく作られるようになり、独自の深化を遂げた。黒檀の一木造りの彫刻で、出来上がりの形は、木を見て、その木目やうろの形を吟味して、木の声を聞きながら決めるらしい。だから片手が妙に大きくせり出していることもあれば、鼻がバカにでかかったり、足が不自然に折り曲げられたりしている。そういう風に、対象を思い通りの形に作り変えるのではなくて、そこにあるものにじっと取り組んで、それにふさわしい形を与えてやるという作業は、さぞかし楽しいだろうと思った。僕が彫刻家になるならそういうスタイルで作りたい。僕の両の手は全部親指なので手を使った仕事はできないんだけど。
 
 タンザニアにはマコンデ彫刻の他にも、ティンガティンガ絵画という絵の一派が世界的に有名で、エナメルで描かれていて、てらてら光る躍動的な動物たちが評判らしい。その素朴さというのか、コミカルな感じ、ヘタウマ的なおおらかさが、好きな人は好き、ということなのだろうか、僕にはよくわからないが、この前家の近くをぶらぶらしていると、ティンガティンガ絵画専門のギャラリーを見つけた。こんなところで、またもやタンザニアと思って興味をそそられたが、不定休でその日は休みだった。
 
 手触りとかカミーユとかタンザニアのことをぼんやり考えながら、関連するものを見つけると素通りできない、という生活を続けている。この前はアフリカの石遊び、マンカラをやって楽しかった。手の中で小石が転がるときの感触やぶつかり合って立てる気味の良い音が好きだった。YouTubeでマリのブルース奏者の動画を見つけて格好良かった。それとは別に近頃はロシア文学小島信夫をよく読んでいる。チェーホフゴーゴリが好きで、特に今はゴーゴリを読むのにハマっている。ゴーゴリの、作家的な特徴、というのはまだあまり数を読んでいないのでわからないが、とにかく文章がおもしろい。ある対象を説明するときに突然露骨に文章量が多くなる、距離感のいびつな描写が読んでいて楽しい。筆が乗っている瞬間やその高揚感が読み手にわかる。まだ寒さの残るうちにロシア文学をもっと読んでおいたい。

 のがれがたい死というものを、どのように自分が膚でつかむか、といってもたいがい忘れているが、それでいて現世の肉体の甘美さというものを、どうしていっしょに考えるか。このことは、なるべく心の中で整理し、全身でわかりたいと思っている。
—  小島信夫『小説家の日々』

 

 昨日小島信夫のこの文章を引用したが、のがれがたい死というもの、現世の肉体甘美さのその両方を一緒くたに、ぼくも全身でわかりたいと思う。それは脳よりも腕に多くのニューロンがあって、脳とは別に8本の腕が自律的に思考できるかのようにふるまうと言われている頭足類の進化に想いを馳せるに至るには十分な動機になった。ピーター・ゴドフリー=スミスの『タコの心身問題』はいずれ近いうちに買って読みたいと思う。赤子は触覚によって世界と触れ合い、知っていくと言われているが、触覚というのは大人になるとあまり省みられないものではあるがやはり重要な世界認識の手段の一つで、僕はこれまであまりにも視覚にばかり頼ってきたので、もっと聴覚とか触覚とかも使ってものを考えたりしたいと最近は思っている。四月からは触れるだとか声をかけるということが大切になってくる仕事をするわけだし。

 
 小笠原鳥類の詩を読んでから、魚類や海岸動物、海の生き物への興味が出てきた。魚、という語を見るとつい反応してしまうようになった。海のドキュメンタリーやら熱帯魚の図鑑を眺めるようになった。行く場所に迷ったら水族館を目指すようになった。シイラの銀色に泳ぐ姿が時々眼裏でまたたくようになった。シイラの名前の由来には諸説あるが、その中の一つに、水死体のまわりに集まっていることが多いことから、死、衣、らはなんだっけ、忘れちゃった。名古屋港水族館にあった荒俣宏の魚の博物図鑑で読んだ。唐突だが小笠原鳥類のいい所の一つは知らない名前に宿る素朴なポエジーに対して正直なところだ。

 ジム・クレイスの『死んでいる』の中にもモンダジーの魚という文句が繰り返し出てくる、モンダジーの魚というのは、不運な死を表すもので、モンダジーというのは、調べてもよくわからず、ジム・クレイスの創作かもわからないが、文筆家の人名らしい。モンダジーの著書の中で、魚をおそれて暮らす町の人々についての記述がある、ということになっている。

  

“死さえも──復活した街の民間伝承(これもモンダジーの作品)によれば──水まみれだった。「われわれはそれを『魚』と呼ぶ」と彼は、三十年以上前に出版された最後の回想録に記した。「それは泳ぐ。物音を立てない、非情の略奪者。夜に海から出てきて、通りの、浅く抵抗力の少ない水に勢いよく入っていく。魚がやってきて、あなたの父や母を寝床から連れ去る。魂が出発し、じっとりと冷たい空気の中で螺旋を描きながら転置するとき、あなたに聞こえるのは、鰭が震える音だけ」彼の迷信深い読者や信奉者は、モンダジーの魚は、死体の銀めっきとして、あるいは死体のにおいというかたちでのみ現れるとよく言っていた。死神はほとんど眼に見えない。けれどもすでに部屋の中にいた。そして、シーツに鱗と粘液の跡を残してくのだった。
かなりのあいだ、街で死人が出ると、どれも魚のせいにされていた。それは、雨をお供に屋根を伝い、寝室を抜け、ガン、心臓麻痺、老齢、脳卒中が看護師と薬を嘲る病棟を抜けて泳いでいく。それは、サンゴ礁の家具に囲まれてパジャマ姿で溺れた人々を訪ねる。日に十回、それは喘息患者のしわがれた喉で鳴る死に際の音を聞き、あるいは、舗道を抱き込むような雲に突然視界を遮られて車にはねられた子どもに付き添うために急ぎ、あるいは、じめじめした家に住んで肺が水袋になってしまった年金生活者の死因を、誰もが魚のせいだとわかっているのに、医師が「肺炎」と書くのを見届ける。
(中略)年老いて万端整うまでは死にたくないと思っているウェトロポリスの賢い人々は、ベッドのヘッドボードに網を広げておくか、首に釣り針のついたチェーンをかけていた。モンダジーが魚を復活させて久しい今でさえ、生き残っている街の男女は魚をまったく口にしないし、ネコの餌の缶詰でも、魚はいっさい家に置かない。彼らは、一九六八年にパイシーズという港のレストランで起こったことを記憶している。婚礼の祝宴で、食事をした九人とウェイターが一人、死亡した。魚がやってきて、毒を盛ったのだ。大量殺戮。花嫁は、夫と新婚旅行に行くことなく息絶えた。”

ジム・クレイス『死んでいる』

 

 今年は歌集をなるべく読みたいと思っていて、いくつか読んでいるけど大森静佳がダントツでいい。まだ買えていないけどいま気になってるのは井上法子と堂園昌彦で、今月中には買っちゃうと思う。現代短歌の中でもあまりチャラチャラしていない人たちが好みかもしれない。大森静佳の復刊された第一歌集『手のひらを燃やす』から、魚の出てくる短歌を二つ。

 

光りつつ死ぬということひけらかし水族館に魚群が光る

きみいなくなればあめでもひかるまちにさかなのように暮らすのだろう

/大森静佳『手のひらを燃やす』

 

反復

 昨日自分が書いたことにそそのかされてずっと前に京都の古本屋で買って以来しまいっぱなしになっていたドゥルーズの『差異と反復』を引っ張り出して読んできた。一緒に読み直そうと思ってキルケゴールの『反復』も引越しのために詰めてそのままになっていた段ボールから出してきて枕元に置いた。

 読んでみるとさっぱりわからないので驚いた。どんな文脈で、どのような問題意識を持って、何の話をしているのか、まるでわからなかった。哲学の読めなさというのはそこにある、と僕は思っている。なぜ、こんな話を長々としているのか、そのことがまずわからないのだ。

 

自分が知らないこと、あるいは適切には知っていないことについて書くのでないとしたら、いったいどのようにして書けばよいのだろうか。まさに知らないことにおいてこそ、かならずや言うべきことがあると思える。ひとは、おのれの知の尖端でしか書かない、すなわち、わたしたちの知とわたしたちの無知とを分かちながら、しかもその知とその無知をたがいに交わらせるような極限的な尖端でしか書かないのだ。そのような仕方ではじめて、ひとは決然として書こうとするのである。無知を埋め合わせてしまえば、それは書くこと(エクリチュール)を明日に延ばすことになる。いやむしろ、それは書くことを不可能にすることだ。おそらく、そこには、書くことが死とのあいだに、沈黙とのあいだに維持していると言われている関係よりも、はるかに威嚇的な関係がある。
—  ジル・ドゥルーズ著、財津理訳、『差異と反復』

  10ページか20ページくらい読んで、何とか意味が取れる文章はこのくらいだった。前後の文脈というか繋がりすら僕はよくわかっていないけど、おのれの知の尖端で書くのでなかったら、書くことは不可能である、というのはわかる気がする。自分にとってわかりきっていること、片がついてしまっていることについて、わざわざ書こうという気にはならない。そしてこれは読むことについても言えるのではないか。自分が知らないこと、あるいは適切には知っていないことについて読むのでなかったら、何を読むことができるだろうか。わたしたちの知とわたしたちの無知とを分かちながら、しかもその知とその無知をたがいに交わらせるような極限的な尖端でしか読めないのではないか。しかしドゥルーズは僕にとって知の尖端ではなかった。もっとはるか彼方にいるのだった。僕の無知の領域に頭の先まで身を沈めているのがドゥルーズだった。時々彼の指先の色がちらりと見えるくらいのものだった。引用した箇所でも、最後の「書くことが死とのあいだに、沈黙とのあいだに維持していると言われている関係よりも、はるかに威嚇的な関係」というのが、何を念頭において、どのような関係のことを指しているのか、まるでわからなかった。

 

 ドゥルーズを読もうとして読めず、気晴らしに読める本でも買ってこようと思って古本屋さんに向かった。一緒に出したキルケゴールを読む気も萎えてしまっていた。時々行く古本屋さんには、小島信夫が幾つも置いてあるので、それを買おうと狙いをつけて行った。何冊かパラパラ読んでみて、いま読めそうな小島信夫を探した。『ハッピネス』という良いタイトルの小説を手にとって開くと、扉でキルケゴールの『反復』が引用されていた。それだけ確かめるとまっすぐレジに向かって買って帰った。昨日からそれを読んでいる。小島信夫がまだまともな小説を書いている頃、転機となった『別れる理由』を連載し始める直前の時期の短編集だった。

 小島信夫の小説には変な読み応えがある。時々接続の仕方が変だったり、なんでもない顔で飛躍をしたり、急にぶつ切りになったりする。それっきりだと思ったら急にまたその話の続きをし始めて、余計にこんがらがったところでまたたち消えてしまったりもする。だからゴツゴツしていて、一定のペースで読むことができない、一歩ごとに地面を踏んで確かめながらよじ登らないとすぐに振り落とされてしまう。注意深く進んでいたつもりが気が付いたらすっかり踏み間違えてしまっていることも多々ある。しかし小島信夫のつかみどころのないリズムだとか、どこかちぐはぐな、誰を見ても自分を見ているような、距離感がバグっているような、人間を見るときの独特な眼差しなど、不思議とくせになってくる。

 

私は直接の宗教体験というものはないが、自分が小説を書くのは、一つの宗教体験としているつもりでいたいと思う。鷗外が「寒山拾得」という小説を書いている。もともとあれは有名な話であるが、それはともかくとして、寒山拾得が笑ったような、横着でマジメで、不マジメな哄笑というようなものを、私は小説を書くときに、心構えとしてどこかに持っていたいと思っている。
 のがれがたい死というものを、どのように自分が膚でつかむか、といってもたいがい忘れているが、それでいて現世の肉体の甘美さというものを、どうしていっしょに考えるか。このことは、なるべく心の中で整理し、全身でわかりたいと思っている。
—  小島信夫『小説家の日々』

  小島信夫は相反するものだとか、矛盾するもの、折り合いの悪いものを、どうしてもいっしょに考えたがる。膚でつかみたがる、全身でわかりたがる。それだから小島信夫の文章になる。とはいえ小島信夫がなぜ小島信夫なのか、僕には全然わかっていない。小島信夫は哲学的に考えるということをあまりしない。哲学とはつまり論理を積み重ねて、こうとしか考えられないということを言うものだけど、小島信夫はもっと手探りで、いきなりこうとしか思えないというところに飛びついたあとに、本当にそうだろうかとか、これはどういうことだろうかという逡巡をはじめる。全身の実感にもとづいてものを言ったあとで、すぐさまそのことを問い直すから、そしてその実感は緻密な論理に裏付けられたものでもないから、すぐに揺らぎ、どんどん宙吊りの問いが増えていく。そのことにうろたえながら、それを望んでいるような、楽しんでいるようなところがある。そういう煮え切らなさ、どんどん絡まっていくようなところが、生きているような感じがして、読んでいておもしろい。小島信夫のおもしろいところはさらにその状況に心底巻き込まれることはないところだ。ずっとそのことが気がかりで、解決策を練ったり思いを巡らしたりはする一方で、いつでも心ここに在らずというか、全然違うことをふらふら考え出したりするところが、なんでも自分のスケールで考えるのに、自分自身のことについてそれほど真剣味を持っていないようなところがあってそれが面白い。ところで『ハッピネス』冒頭に引用されているのはこんな文句だった。「反復と追憶とは同一の運動である。ただ方向が反対であるというだけの違いである。つまり、追憶されるものは、既にあったものであり、それが後方に向かって反復されるのに、ほんとうの反復は、前方に向かって追憶される。だから反復は、それが出来るなら、人を幸福にするが、追憶は人を不幸にする。」小島信夫は記憶についてよく書いているが彼は追憶ではなく反復の作家である。彼の記憶は思い出されることによって未来に逃れ去るようでもある。ただ昔の甘さを思い出して口をもぐもぐしているだけではない。彼は前方に向かって追憶をしている。だから彼は反復の作家なのだ。しかし未来に向かって過去を思い出すというのは、どういうことであろうか。

 今が寒さのピークだと言われている。立春を過ぎるころからゆっくりと春に向かっていくのだと言われている。日差しの中にも確かさが戻ってきた。そのことをうれしく思う。

 今年の冬はとても寒くて長いからおばあさんが編んでくれたセーターを着なくちゃ、とブランキージェットシティが歌っていて、僕は寒くて長い冬のたびにそれを聴いていた。クリスマスの四日ぐらい前にはライラックを欠かさず聴く。今年の冬は例年よりも暖かいし短かった気がする。暖冬傾向にあることは間違いないけど短いというのは気のせいかもしれない。秋の終わりを山形で過ごして、一足先に冬の寒さを体感したこと、それによって冬を迎える体勢をいち早く整えることができたことが良かったのかもしれないし、僕は四年間をエアコンのない部屋で過ごしたから、それに比べて暖房の使える部屋が快適だったから、今年の冬を難なく過ごせたのかもしれない。

 冬になるとブランキーをよく聴く。夏には聴かないというわけではないけど冬になると聴きたくなる。僕の季節感の一つに音楽がある。ところで僕は冬でもかまわずレゲエを聴く。僕は本も読むけど本よりも音楽の方がより直接的に感受性を作ったと思う。音楽、僕が聴くような比較的単純な音楽の肝は繰り返し、リフレインということにある。繰り返すたびにかすかにずれた位相が重なっていく、意味が黴のように生えてくる。色々なものを揺らす。見たことのない景色や抱いたことのない筈の感情を思い出すこともある。ポップミュージックは繰り返すからポップなのであって、メロディーを繰り返さない音楽はポップではない。しかし繰り返してはいる、というよりも原理主義的に繰り返しているスティーブ・ライヒの音楽はポップではない。だから繰り返すことがポップとは限らないかもしれないけどポップミュージックは繰り返す。

 繰り返される諸行無常向井秀徳は繰り返し歌う。諸行はずっと無常なのだから繰り返すようなものではないと思いながらもそれを繰り返し言われると諸行無常は繰り返すということもわかる気がしてくる。向井秀徳は同じフレーズを色んな曲で使い回すけれどどれも同じというわけではない。フレーズは同じでも曲は違う。そこがすごく格好良いと思う。同じようなことを言っているようで少しずつ変わっている。十年前と今では全然違う曲をやっている。

 

 詩集でもなんでも繰り返すものが好きだということに最近気がついた。リフレインの持つトランス感というのかそういうものが好きなのかもしれないし、そういうふうにしか生きられないと思っているのかもしれない。とにかくリフレインが好きで伊藤比呂美が好きだし小笠原鳥類が好きだ。去年読んだ本の中で伊藤比呂美と小笠原鳥類に出会えたことは歓びだった。カニエ・ナハの新しい詩集の『なりたての寡婦』もとても良い。同じ地点から始まる詩、あるいは同じモチーフの変奏。同じことを言っているようで違う地点に立っている。差異と反復という言葉が思い浮かぶがちゃんと読んだことがない。読んでみたら面白いのかもしれない。

たたみかた 2

誰かとぶつかり合うような意見を持つのではなく、しかし何にでも尻尾を振って加担するのでもなく、他者との対話に向かって開かれている問いを自分の中にいつも持つこと。それがぼくのやりたいことかもしれないと思った。

 


知らない人が多くいる場所に出向くとき、自分には何もない、言うべきこともやってきたこともなにもない、という後ろめたさを感じることが多かった。話したい、仲良くなりたい気持ちはあるけどこちらが話すことがない、というような。これはつまりコはミュニケーションを、自分の話をしながら、相手の話を聞いて、相互理解を深めていく、お互いの話を交換するものだとして捉えていたということだ。そうではなく、ある問いに向かって一緒にうんうん唸りながら考えていく、それこそが、とは言わないが、そういうコミュニケーションも全然アリだよな、ということに気づいた。コミュニケーションは単なる情報交換ではなくて、姿勢とか場とかそういうものなんじゃないかと思い始めた。ギブアンドテイクではなくて共同作業じゃないかと。

 


これはアタシ社のたたみかたを読んでいて考えたことだった。自分の中の言いたいことをつらつら吐き出すのではなく、自分たちの気になることに対して話を重ねること、言葉を費やすこと。自分にはずっと言いたいことがなかった。でも気になることはいつでもあった。考えたいと思うことはいくらもあった。それらについて、私はこのことが気になってます、わからないでいます、考えたいです、と表明すること。自分の中にいくつも問いを持ち歩くこと。それこそが開かれてあること、変わりながら生きていくことを受け入れることにつながっていくんじゃないかという予感がする。

 


しかし思い返せば、そのような"私"のあり方は、ずっと以前から知っているものだった。ここまで書いてみて、ん、それってなんか、知っているぞと思った。それは例えば小島信夫の小説であり細野晴臣の音楽だった。ゴダールの映画であるかもしれなかった。

 

ゴロゴロ寝転びつつ、iPhoneから送信

たたみかた

 今日はお休み。来月から休みを増やすことにした。派遣社員という立場はそのへんの融通がきく。会社からの諸々の保証がないのだから、こちらから会社への責任も軽い、ということだろうか。四月までのロスタイムを本を読んだりして過ごしたい。

 

 休みの日には本が読める。仕事がある日は本があまり読めない。というのは正確ではなくて、仕事がある日は本を読んでも仕事をするしかない。本を読むということは自分を開く行為でもあるわけで、仕事がある日の僕は自分のなけなしの社会性を維持するのに必死なので、こじ開けようにも開かない。働く自分を肯定することに必死なので、何やら新しい展望とか考え方とか、ペシミスティックな本音とかに付き合っている余裕がない。

 休みの日にはするする読める。ページを繰りながら考えることができる。検討することができる、吟味することができる。正直肯んじがたいような考えの含まれる文章でも、文句をつけながら読むことができる。ショッキングな事実や、目を背けたいような現状について、思いをめぐらそうとすることができる。言葉の世界に沈み込むこともできる。

 

 今はアタシ社の『たたみかた 男らしさ女らしさ特集』を読んでいる。一ヶ月くらい前に買って、まえがきが最高だと思って、最初の記事を読んでいたらげんなりしてしまって、放っておいたんだけど読み始めたらするする読める。怒り、固有の私、別個と同体。だけどまだそれについて何かが書けるほど整理されているわけじゃないので適当なことは書かないでおく。まだ途中だからわからないけど、このようなテーマを掲げながら、性はグラデーション、という観点がまったく出てこないことに驚いた。つまりこれはフェミニズムの本ではないのだろう。ジェンダーとか男/女らしさについて語るには、フェミニズムを避けては通れないと思い込んでいたけれど、この本ではフェミニズムを経由せずに男らしさ・女らしさについて考えようとしている。その姿勢にまず驚かされたというか、目を開かされる思いがした。念のために言っておくとこれはフェミニズムの是非について話しているのではなくて、性を語る際に別のやり方もあるのだということに感心したという話です。

 そのフェミニズムに拠らずに性を語るやり方というのは、性に負わされた社会的な役割がどうこうとか、そういうことに焦点を当てるのではなくて(それも大切なことだけど)、男らしさ/女らしさをまず何よりも差異・隔たり・分断として捉えて、それを個人個人の分かり合えなさ、それぞれのひとりぼっちの孤独に接続しながら話し合っていく。つまりこの特集はそもそものはじめからジェンダーというよりもコミュニケーションの話をしているんだと思った。分断を明らかにしていくのではなく、はじめから接続を目指している。一人一人がそれぞれ別個の存在であるという事実と、そこから生じる根本的なコミュニケーションの不可能性をきちんと認識しながら、どのような対話の可能性が広がっていくのか、あるいはここからどうやって「らしさ」の話に戻るのか?楽しみにしながら読んでいく。

めめんともり?

 よく生老病死のことを考える。この世の四苦八苦のことを考える。それは伊藤比呂美の最近の著作をいくつか読んでいたからかもしれないし、昭和一桁生まれのご老体を日常的に目にする職場で働いているかもしれない。気がついたらフリオ・リャマサーレスの『黄色い雨』とか、ジム・クレイスの『死んでいる』とか、死をテーマにしている本を手にとって読んでいる。前者は死んでいく主体の視点で書かれた、いくらか幻想的な、そしてラテンの香りがする小説で、後者は死んでいく客体、動物学者の夫婦の腐敗し分解されてゆく過程や、そこに至るまでのあまりドラマチックとは言えない人生や、彼らがすれ違ってきた死、そして娘が彼らの死を知り、受け止める物語が描かれる。ジム・クレイスは徹底的な無神論者で、この小説は無心論者はどのように死を捉えるのか、そこに虚無以外の何物かを見出すことはできるのか、という試みであると思えた。その即物的というのか、唯物論的というのか、ある意味では冷徹とも言える淡々と距離を置いた描写や、粛々と行われる自然の浄化作用の様をひたすら追っていくうちに、この語り口それ自体が、一つの答えとまでは言えないまでも、一つの受け止め方を示唆するものであるし、この小説、この試みがすでに、一つの弔いになっているのではないかという印象を受けた。死後や救済といったものを持ち出さずに、死者を弔うには、やはり語るということ、夜通し語りつつ悼むこと、残された記憶をとっておくこと、少なくとも残された者たちが生きているうちは、なかったことにしないこと、それぐらいしかできないのかもしれない。自然のサイクルの中で一人の人間の死を捉えるのでは、それはあまりにちっぽけで、取るに足らない出来事で、納得はできるかもしれないが慰めにはならないと感じる。人間の死にはやはり人間的な対処をするべきではないかと思ってしまう。人間的だなんていうよくわからない言葉を使ってしまった。

 そもそも死が、考えるに値するものなのかどうか、疑わしいと思うところもある。それはただの厳然たる事実、当然の結果なのであって、考えたところで何が変わるわけでもない、いくら思いを巡らしたところで想像の域を出ることはない、と言えるかもしれない。死ぬ瞬間、私は死んでいるのだから、それを知覚する意識はないのだから、私の意識は死ぬことはない、みたいなことを昔のギリシアの人が言っていたっけ。そうであるならば死のことを考えても仕方がない、死は考えるに値しないということになるかといえばやはりそうではない。生きている限り必ず死ぬわけで、死は虚無以外の何物でもないとするならば、それに連なる生も虚しいものになってしまわないか。もちろん生は虚しいと嘯いてみせることは簡単だが、心底そう思いながら生活していくことはできない。虚しいもののために苦しい思いをして日をつないでいこうなどと思う方が頭がおかしいと思う。

 死に対して我々ができることが、語ることであるとするのが『死んでいる』ならば、生きることは語ることだとするのがジャネット・ウィンターソンの『灯台守の話』で僕はこれをとても明るい気持ちで読んだ。物語を読むことによる、あるいは物語ることによる救い、と言ってしまえば陳腐かもしれないが、陳腐でもなんでも物語にはやはり救いという側面はある。光を当てられるだけで、掬い取られるだけで、救われる思いがする時がある。十代の頃、自分の気持ちを言い当てられたかのような文章を読んだ時のあの気持ちは、救いと言っても大げさではないものだったと思える。ケアの分野でもナラティブ・ケアという考え方がある。僕はまだ詳しくないので今年中にでも関連書籍を読もうと思う。そういえば伊藤比呂美も、語りのスタイルで詩を多く書いている。それは救いとはまた別のものだけど、草いきれのような、夥しいような感じのする、強烈な生の充満を感じさせるものだった。『河原荒草』がすごいので読んだほうがいいです。」

死後の電話であなたのために歌うとき声は水面を羽ばたく水鳥

 

電話の声は死後に似ていておもいだすとき声はいつでも鳥に似ていて

カニエ・ナハ『なりたての寡婦』 

 

生前という涼しき時間の奥にいてあなたの髪を乾かすあそび

大森静佳『手のひらを燃やす』